「◯◯が好きな自分が好きなだけ」「自分に酔っている」といった指摘はオタクの界隈でたまに耳にしますが、これはそれほど悪いことでしょうか?
個人的にいくつかの前提込みでならば良いことではないかと思っています。
自己肯定感を高めるというのは人によっては中々難しいもので、その為にコンテンツの力を借りることは選択肢のひとつとしてあり得るでしょう
趣味は自分の心を豊かにするためのものでもあるはずで、そこに関しては自分本位に甘んじても良いはずです。
「◯◯が好きな自分が好きなだけだからこんな迷惑行為をして、それの評判が落ちることを考えないんだ」といった文脈で批判されるケースであれば当然その人物に非がありますが、迷惑行為という事実が無いのであれば、せいぜい自己陶酔している程度で周囲には直接的な害があるわけではないでしょう。
「その状態の自分が好きなだけだろう?」などとは言われますが、流石に自己愛だけで構成されている状態とは思えません。ベースとしてその対象が好きだという気持ちはしっかりとあるはずです。
「コンテンツに対して真摯であるべき」「なにかのツールのように扱うのは失礼」といった考えも大事ではありますが、それと同時に害を成していないうちは多少自分本位な目的での向き合い方があっても良いのではないでしょうか?
これは単に程度の問題のように思えます。
言ってしまうと文頭のような指摘は実際問題のある人に向けられることが殆どでそれは間違いではないのですが、その自業自得かつ正論をぶつけられるケースが目立つあまり、「あそこまで酷くはないが自分の趣味との向き合い方も良くないかも」と萎縮してしまう人も居るかもしれません。
自分に酔えるというのはいい事でもあり、悪い事でもあると思います。
これは対戦型のゲーム、とりわけカードゲームにおいて顕著なので例に挙げるのですが
例1
「好きで使っているtier外のデッキでここまで来られた!あの環境デッキにも勝てたぞ!」(SNSに投稿)
この発言はどうでしょう?
めちゃくちゃに捻くれた見方をしない限り、一切問題のないように見えます。
あえて弱めのデッキを使用しているものの、その根底には“好き”があり、それを使って勝ったりその勝利の様子をSNSに投稿して満足感を得る様子は「その自分が好き」「酔っている」とも取れなくはないですが、これは良い意味での“酔い”ではないでしょうか?
このような形で自分を好きになれる瞬間があるのなら、それは十分素晴らしい事だと思います。
この例においては勝ち越したり下剋上を成し遂げている事実もあり、シンプルな評価点もあります。
例2
「こんな環境外デッキにトップデッキを使って負けるやつが居たwww」(SNSに投稿)
言うまでもなく最悪です。
完全に酔った勢いで暴行事件を起こしています。
元は好きでそのデッキを使っていたのかもしれませんが、このような発言をした時点で何の説得力もありません。
この手の言い回しは動画投稿・配信サイトのコメントでの相手批判にも用いられることがあり、自己投影+陶酔という最悪のコンボとなっています。その場合は勝利すら自分のものではありません。
上記のように酔いと称される状態にも良し悪しがあるので人の迷惑にならない程度にコンテンツに浸り、自己肯定感を高めるのは楽しみ方の一つとして大切なものと言えるでしょう。
もちろんカードゲームは単なる一例で、これは色々な趣味に言える事です。
…察しの良い方は分かると思いますがこの記事も“酔った”状態で書いているようなものです。
不特定多数の人に自分の考えをだらだらと公開するなんて事は(あくまでも自分は)相当酔っていないと出来ません。
つまりブログを書く時はほぼほぼ酔っています。
悪酔いでない事を信じて。
真面目なテーマだとどうも文章が胡散臭くなっていけませんね。
それでは。